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東京高等裁判所 昭和54年(う)1784号 判決

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

理由

〈前略〉

さて、職権によつて調査すると、原判決は、被告人が芦野太二郎らと共謀のうえ、昭和五四年四月二三日午後一〇時一五分ころから翌二四日午前零時ころまでの間に、須藤勝美ら二名に対し恐喝行為をし、未遂に終つたとの事実を認定し、これに刑法二四九条一項、二五〇条、六〇条、五四条一項前段、一〇条を適用して、被告人を懲役八月に処しているが、原審において取調べられた検察事務官作成の被告人に関する前科調書及び当審において取調べた検察事務官作成の被告人に対する調書判決謄本によると、被告人は、昭和五〇年九月二五日に千葉地方裁判所において、業務上過失傷害罪及び道路交通法違反(無免許運転)罪の併合罪により、前者については禁錮刑を、後者については懲役刑をそれぞれ選択され、重い前者の刑に併合罪の加重をされた刑期の範囲内で、禁錮一〇月に処せられ、昭和五一年八月二六日に右刑の執行を受け終つていることが認められるのであつて、右前科の禁錮刑は刑法五六条三項により再犯例の適用については懲役刑に処せられたものとみなされ、本件犯行と累犯関係にあるものというべきところ、累犯となる前科は、刑訴法三三五条一項にいう罪となるべき事実ではないが、これに準ずるものとして必ず認定判示すべきものであるのに、原判決はこの事実を認定判示していないのであるから、原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があるか、あるいは累犯となる前科を見落した事実誤認があるものというべきである。

そして、累犯となる前科は、法律上刑の加重理由となる事実であつて、判決主文のよつて生ずる重要な理由の一部をなすものであるから、右の法令の解釈適用の誤り、または事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

ただ、本件は、被告人のみが控訴をした事案であつて、原判決の刑より重い刑を言い渡すことができないものであるから、原判決が言い渡した懲役八月をこえる刑の言渡はできないという意味で、結局は判決に影響がないという考え方もありうるものと思われる(昭和三四年一二月一〇日東京高等裁判所判決・下刑集一巻一二号二五五二頁、昭和五三年五月九日大阪高等裁判所判決・判例時報九〇六号一〇三頁参照)。

しかし、刑訴法三八〇条において、「法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである」というのは、法令の解釈適用に誤りがあつて、その誤りが明らかに判決に影響を及ぼすものであることであり、同法三八二条において、「事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである」というのは、事実誤認があつて、その誤認が明らかに判決に影響を及ぼすものであるということに外ならないのであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかであるか否かは、誤つた法令の解釈適用または誤認された事実そのものによつて判断すべきであつて、これら以外の事由を合わせて総合的に判断すべきではない。

従つて、本件のように、累犯となる前科を認定判示していない場合には、そのことがそのまま判決に影響を及ぼすことが明らかといえるか否かを判断すべきものであつて、たとえば、他に、法律上刑の減軽事由があるのを見落しているため、原判決と処断刑が同一になるとか、量刑上有利な事実が立証されたため、原判決と同じ量刑になるとか、被告人のみが控訴をした事案であるから、原判決の刑より重い刑を言い渡すことができないとかというようなことを考慮に入れて、結局、判決に影響を及ぼすことが明らかといえるか否かを判断すべきものではない。

右のようにして、判決に影響を及ぼすことが明らかであると判断された場合には、たとえば、他に、右にあげたような事由があつて、結局は原判決の主文と同じ主文になると思われるようなときでも、すべからく原判決を破棄し、自ら適正な判決をなすべきものであり、このように解するのが憲法判断を主たる任務とする最高裁判所の下における控訴審裁判所の職責を全うするゆえんでもあると信ずる。このようなわけで、前記のような考え方には賛成できない。

そこで、量刑不当の主張に対する判断をするまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて自判することとする。

原判決が認定した事実に、原判決が被告人について適用したのと同一の法令を適用し、検察事務官作成の被告人の前科調書及び被告人に対する調書判決謄本によると、被告人は、昭和五〇年九月二五日に千葉地方裁判所において、業務上過失傷害罪及び道路交通法違反(無免許運転)の罪の併合罪により、前者については禁錮刑を、後者については懲役刑をそれぞれ選択されたうえ、禁錮一〇月に処せられ、昭和五一年八月二六日に右刑の執行を受け終つた事実が認められ、この前科は本件と累犯関係にあるので、刑法五六条、五七条により累犯の加重をし、その刑期の範囲内で、本件が被告人のみの控訴にかかる事案であることの外、所論が指摘する被告人に有利な諸事情をも考慮して、被告人を懲役八月に処するを相当とし、刑法二一条により、原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入し、主文のとおり判決する。

(藤野英一 坂本武志 門馬良夫)

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